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東京高等裁判所 昭和30年(ラ)257号 決定

抗告人 伊吹マツ(仮名) 外五名

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由の要旨は、一、原審裁判所は申立人の申立をのみ聞きて遺産を査定しているが、それには大なる誤りがある。遺産目録の不動産物件については抗告人等には異議はない。査定の誤りは株券及び退職金についてである。

一、株券について。

被相続人伊吹一郎は○○自動車株式会社の株券五千百七十株を有していたが、昭和二十八年五月十日に妻マツに二千六百七十株を、伊吹道行に六百八十株を、伊吹一男に千八百二十株をそれぞれ贈与し、名義の書換を完了していたものである。故に死亡当時においては○○自動車株式会社の株券を全然有していなかつたに拘らず、原審が一万株ありと査定したのは不当である。なおその後右抗告人等の株券に対し新株の割当あり、現在抗告人等の所有株総数は八千株であるが、それにしても一万株はないのである。(証一、証二により右の事実を証明する。)

二、退職金百万円について。

これも原審の査定は不当である。証三により明瞭なるように、これは故伊吹一郎の死亡によりその弔慰金として抗告人伊吹マツに対し○○自動車株式会社から支給されたもので、マツがこれを受領し済のもので、これを相続財産に加算するのは不当であると思料する。

仮りに右百万円が相続財産であると仮定しても、一郎死亡当時及び死亡後において一郎の負債並びに一郎の医料費、葬儀料等を合計二十七万五千百三十六円を抗告人マツは出費している故、この金額は前記百万円より控除さるべき筋合である。

若し右の二十七万五千百三十六円(証四、五、六、七によりて証明する。)が前記百万円より控除すべきだという抗告人の主張が容れられないとしても、この金額はマイナスの財産として相続人等はそれぞ

れ規定に従つて負担すべきものである故、羽田に対しても負わすべきものであることは当然である。

三、申立人が相続財産の分割を請求したことについては大なる疑問がある。羽田の伊吹一郎に対する認知問題のとき伊吹はたつてこれを拒んだもので、自分の子であるか否か大いに迷つたようである。また迷うような理由もあつたのであるが、抗告人伊吹マツは毋親クミに大いに同情し、それ迄は多額の財物を一郎がクミに貢いでいたのであるが、一郎も病気であり、死も近いし「財産の要求は決して致さない」とクミが云うので、同情心から夫一郎を説得して認知せしめたものである。証八によりこの点は充分推察できる。しかも認知後旬日を出でずに相続財産の分割を要求して来たことは、クミは全くマツをペテンにかけたことで、羽田和美はいまだ三才を出でずその毋たるクミがすべてをなしている現状であるから、抗告人マツが憤慨するのは当然であると思料する。この点原審は一応考察したようであるが、クミはその後生活状態が困窮だと認定しているが、事実は左様でない。クミは既に他の男と結んで立派に生活をいたしているものである。

よつて原審判の取消を求めるため本件抗告に及んだというにある。

しかし、

一、(1) 抗告人等提出の証一、二の各記載は、原審のなした事実の調査及び抗告人伊吹マツ、伊吹道行各本人審尋の結果と対比して考えると、原審の認定を覆して伊吹一郎が死亡当時○○自動車株式会社の株券を全然有していなかつたとの抗告人等の主張事実を認める資料となし難く、他に右抗告人等の主張事実を窺うべき資料はない。

(2) 抗告人等提出の証三の記載は、原審のなした事実の調査及び抗告人伊吹マツ、伊吹道行各本人審尋の結果と照し合せて考えると、俄かに信用し難く、他に原審の認定を覆えして○○自動車株式会社から支給された金百万円が伊吹一郎死亡の弔慰金として抗告人伊吹マツに支給されたものであるとの抗告人等の主張事実を窺うべき資料はない。

(3) 仮りに抗告人等主張の如き伊吹一郎の負債並びに病気治療費、葬式費用ありとするも、これらは法律上当然にその遺産相続人たる抗告人等及び羽田和美が各その法定相続分に応じて分割して承継するものであつて、遺産分割の対象となる相続財産を構成するものでないと解するを相当とするから、右と異る見解に立脚する主張は採用することができない。

以上の理由により、抗告理由一は到底採用することができない。

二、羽田和美の母クミが他の男と結んで立派に生活をしているに拘らず本件請求に及んだとの抗告人等の主張事実を窺うべき資料はないから、抗告理由二も到底採用することができない。

以上説示したとおり、抗告理由はいずれもその理由がなく、その他記録を精査しても、原決定には取消の事由となすに足る違法の点は認められないから、本件抗告を理由ないものとして主文のとおり決定する。

(裁判長判事 柳川昌勝 判事 村松俊夫 判事 中村匡三)

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